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行動する自己愛

 少し前のことになるが、ドキュメンタリー映画『チェルノブイリハート』を見る機会があった。結論から述べるならば、控えめに言っても大変違和感のあるドキュメンタリーであった。
 本作の監督であるマリアン・デレオの振舞いには、ドキュメンタリストとしての社会的な立場という点で重大な欠陥があり、その割に情報や提言という意味では、さほど有用なものは見られない、ただ凡庸な視点で構成された作品だと思う。
 本作には、カメラに映し出される対象に対して自らの立場を問い直すような自省的な姿勢が見られないし、また対象そのものに寄り添う――「寄りかかる」という意味ではない――生活誌的な視点もない
 本作で強調されて(しまって)いるのは、いわゆる「行動するジャーナリスト」としてのデレオと、彼女によって対象化される障害児たちの姿、ただそれだけである。
 冒頭から違和感はあった。前情報を得ていなかった私は、東欧を主たる舞台にするこの映画が始まったとき、取材者の間で交わされている会話の言語が英語であること自体に驚いたのである。遅まきながら、入場時にもらったチラシを上映会場の暗闇の中で見直してみると、確かに「アメリカ映画」、「アカデミー賞受賞作」と書かれている。
 ならばこの監督は異邦人として、チェルノブイリの原発事故の後を生きる人々に、どう向き合うのか、その姿勢が問われることになる。この点で、本作は大いに失望させられるものだった。

 デレオは、体内被曝した障害児たちが暮らす施設を訪れたとき、看護士がぞんざいに子どもを扱ったとして、「もっと優しく扱ってあげて」と再三にわたって注意を促す。看護士はしまいには気分を害して、その子はもう成長しないのだからと言い捨ててその場を去っていく。この場面だけを見れば、その障害児は、悪しき介護環境に捨て置かれているように見える。政府も社会も、そしてこの看護士も、ただ酷薄にこの児童に接しているように見える。
 だが、デレオは異邦人である。デレオがチェルノブイリの取材を始めたのは、2002年ということだった。そしてこの映画は2003年に公開されている。彼女は写真やメールなどで、確かにこれらの児童たちのことを知っていただろう。だが、この施設の看護士たちは、あるいはそれよりずっと前からこの障害児たちに接しているのかもしれないのである。それもおそらくは、決して治癒しないことを知りながら。
 根治しないことを知りながら行う看病というのは、やるせないものである。無力感は投げやりさにも繋がる。
 一方、たまさかにやってきたジャーナリストが、日々その対象に接している看護士よりも多くの愛情を注げるのは当たり前のことだ。日常的に付き添っているわけではないのだから。そのことについて、このシーンはあまりに鈍感である。取材でしか対象に接しえない自らの立場に自覚的であったら、このような構成には決して出来ないだろう。それは看護士の恥ではなく、自らの恥を映したシーンに他ならないからである。
 同じようにデレオは、アルコール中毒の両親のもとで暮らしている子どもにもカメラを向ける。父親が撮影をしないようにスタッフを怒鳴りつけるので、彼女たちは少しだけカメラを回してその家を去るのだが、その後のデレオの言葉には、カメラを向ける自分たちへの内省はうかがえず、代わりに子どもの生活に対する憂慮だけが見られる。

 いま一つ失望させられたのは、先天性の障害に関する治療を受けた少女に、デレオが「アメリカ人の医師に感謝ですね」と声をかけるシーンである。いったいこの発言は何なのだろうか。彼女には執刀医の国籍が重要なのだろうか(患者にはそのようなことは問題ではないだろう)。それともこれがアメリカで上映(ないし放映)されるドキュメントであるがゆえのリップ・サービスのつもりなのだろうか。
 そもそも、なぜデレオはアメリカの原発ではなく、チェルノブイリを選んだのか。国境を越えた普遍的な視点から見ているのだとは言えないはずだ。ならばなぜ医師の国籍を口に出す必要があったのか。

 いったいデレオは原子力発電所を抱える自国について、どう考えているのか。デレオの来日を報じたニュースには、彼女が「現実問題として原発を全廃することは難しいのでは?」と語ったともある。するとデレオは、事故が起こらず、たとえば胎内被曝によって先天的な障害を背負った子どもたちが生まれてこないような原発の運用ならば認める立場ということにならないだろうか。
 この立場は私には馬鹿らしく思える。原子力発電に限らず、絶対に事故やミスの起こらない技術運用のあり方を想定するのは、はたして「現実」的なのだろうか。試しに原発とその関連施設で働く人々――下請け労働者だけでなく技術者や、電力会社の経営陣も含め――にそう説いてみるといい。どんなに誠意があって善良な職員であっても「出来る限り努力いたします」という以上の答えは出来ないだろう。逆に、どんなに不誠実な職員でも「故意に事故を起こしてやろう」とは考えないはずだ。
 結局のところ、事故を起こさないで欲しいというような議論は、自分が原子力発電の作り出す社会的なシステムの外部にいる(と錯覚している)からできるものであって、これ以上「現実問題」から遊離した立場はない。

 マリアン・デレオのプロフィールを見ると、彼女はドキュメンタリー映像作家として、これまでもレイプ、ホームレス、薬物中毒などの問題に取り組む一方、湾岸戦争下のイラクにも取材に赴いているという。特にイラクからは未検閲の映像を持ち出して物議をかもしたとあるから、自国のイラク政策に対して従順ではない(つもりである)のかもしれない。
 だが、チェルノブイリ周辺の児童たちを扱うデレオの手つきからは、他国の「人権侵害」を非難することばかりに血道をあげる人道的介入論の親類のようなロジックしか感じることができなかった。デレオがアメリカ人であるという立場から被曝障害児たちが置かれた現状を批判する一方で、わざわざアメリカ人の行為として医師の活躍を賞賛するとき、そこにあるのは「国際的連帯の精神」などというものではなく、ただアメリカという国家の手がチェルノブイリの事故被害の収束にも一役買っているという形の印象の提示である(注1)。これは当の医師たちの意図にすら、かなっているかどうか怪しいし、アメリカのイラク政策に対する批判という立場とも、本来的には矛盾するものだ(注2)。
 デレオ自身はアメリカのジャーナリストであって、チェルノブイリ周辺の住人でもなければ、それらの人々を治療する医師でもない。障害児たちにデレオが示す愛情や同情は、このドキュメンタリー映画を通してスクリーンやモニターの前の鑑賞者たちにも共有されよう。だがそれは決して当事者のそれではないのだから、せいぜい赤い羽根共同募金よりは、やや具体性のある共感の共同体を一時的に作るに留まらざるをえない。そこから踏み出すには、何よりも自分たち自身を取り囲む状況へと問題を投げ返す必要があるのだが、この作品にはそれがない。アメリカでは核関連施設から放射能が撒き散らされたことなど全くないといでも言うのだろうか。
 作品が収まるべき上映/放映の尺の問題があるのだと言うかもしれない。だが私に言わせれば、現地の児童たちを冷遇する親や看護士たちを一方的に告発するかのようなシーンは、自らが抱えているはずの問題を語るよりもずっと無駄な時間である。
 あるいはまた、この描き方は、何よりもアメリカで作品を公開するために必要な方便なのだと言うかもしれない。これは最初の弁明よりは考慮に値する。アメリカは、ジャーナリストが発言するにあたり、そこまでの苦衷を強いる国家であると言うならば。しかしそうすると、このジャーナリストは一体何と格闘しているのだろうかという疑問も生じる。わざわざ異なる言語を用いる地域に足を運んで、体内被曝した障害児たちの実態を暴露して見せる前に、自国ですることがあるのではないだろうか
 同じように、今現在、本作を上映している日本人たちの行動についても、考えねばなるまい。我々はなぜチェルノブイリの痕を見て学ぶなどと言えるのか。

 ここで思い浮かぶのは、80年代の反原発ムーブメントのことである。スリーマイルとチェルノブイリの相次ぐ事故を受けて、この運動は結構な盛り上がりを見せたと記憶している。そこにはもちろん、優生学的な物言いなどの問題もあった。しかしそれとともに問題だったのは、要するにこうしたムーブメントが外的な事件によってしか隆盛しなかったのではないかということである。
 我々はなぜ、チェルノブイリやスリーマイルやラ・アーグなど、海外の核施設の事故を問題にしてきた(いる)のか。我々の国に原発があるというのに。そしてそれらが、イレギュラーな事故を日常化させてきたというのに。
 外部で事件が起こらないと内的な問題に気付けないというこの日本社会の言論状況は、戦争責任論や植民地支配責任論をめぐるそれと、ほとんど相似形をなしている。結局のところ外的な力が働かないと、想像を巡らせるということすらしないのである。
 従ってそれに対する言い抜けも、あらかじめ用意されている。戦争/植民地支配責任論に対する否定的な応答が、現在の相手国の「人権問題」や外交関係を担保にしてなされるように、他国の核施設の事故に対する応答も簡単に済ますことができる。ソ連は独裁的な全体主義国家であったから、アメリカは軍産複合体が核開発を手ばなさないだろうから、だから日本とは違う。このように言ってしまえば、もう問題は他人事になるのである。憲法九条があるのだから、と付け加えれば、もう一切の不足はない。むしろ他国の原発事故を見ることによって、結局は日本国内の原発に対する安心感が高まるのである(注3)。
 この映画を通して日本人が原子力の脅威を日常的に意識するようになるとも思えない。この映画自体の欠陥も、また他国の事故を通して学ぶという姿勢それ自体の欠陥も、そのような効果を保証していないどころか、全く正反対の結果をもたらす可能性すらある。

 色々な映画があってよい、という意見もあるだろう。だが本作は、果たして多様な見解の一つに数えられて良いかすら怪しい。デレオの提示しているのは見解というほどのものではなく、ただ行動する自己愛ではないのか。それはついに、自己の批判的点検には至ることのできない類のものだ。原子力発電のシステムの中に住む我々にとって、それは有効な態度だろうか。
 我が国の核政策をめぐる問題――原子力発電に限らず――を自ら抉り出すことができなければ、「脱原発」など、四半世紀前のムーブメントと同じく、所詮は尻すぼみに終わるだろう。



(注1)あるいは「ロシア人やウクライナ人には事実を報道するような自由すらないだろうから」などという意見があるかもしれない。だがそのような認識は、「報道の自由」を備えたアメリカに核被害の否認や遺棄といった問題など存在しないと、多くのアメリカの一般市民に錯覚させ、また安堵させる結果を招くだけである。
(注2)もっともイラク戦争に対するデレオの立場が、たとえば劣化ウラン弾の使用に特化した批判しかしないというものならば、彼女の中では一貫性があることになるが。
(注3)このように考えないとすれば、それは原発に対する価値判断があらかじめ決まっているからである。だがそれならば、なぜわざわざ他国の事例を通してそれを言う必要があるのか。
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テーマ : ドキュメンタリー
ジャンル : 映画

男たちの桜田門外 ―テロリスト、あるいは特攻兵士への情緒的共感―④

 つまるところこの二つのシーンの、位置関係を不意に飛び越えてしまうかのような「杜撰」な演出、主観性のみに押し込められた映像―物語表現は、この映画自体が、あらゆる情報を鑑賞者にフェアに提示し、登場人物たちの動向をロジカルに追わせようとする誠実さを備えていないことを示していよう。
 もちろん客観的な図式の説明のみに終わる映画は、おそらく大変に退屈なものであろうから、幾人かの登場人物の主観性を重ね合わせて物語を構成すること自体は否定しない。しかしその場合、登場人物たちの価値観は、それぞれ他者のそれを通して相互に客観化されることによって、物語に重層性を与える機能を担うものではないだろうか。
 ところがこの映画では、暗殺対象となる井伊には、過剰なまでに慇懃無礼な演技があるのみで、そのロジックなど全く描写されていない。見始めた当初は、もう少し群像劇的に水戸藩士と斉昭、井伊などを対比して描いていくのかと思っていたのだが、結局のところこの映画には、水戸浪士の行動や、彼らをあえて捕えようとする斉昭への共感はあっても、暗殺対象たる井伊には、全くそれがないのである(注4)。
 この映画に一貫しているのは、何かご大層な業を背負い、その悲劇の中で押しつぶされていく人間たちに、情緒的な共感を向けて泣くよう仕向けることだけである。井伊直弼暗殺というテロリズムは、そのための前提なのだ。開始40分で「桜田門外の変」は終わってしまい、残りの3分の2以上の時間が、回想シーンを交えつつも、水戸浪士たちの「その後」を描いていることからも、それは明白である。彼らが背負った「業」や「悲劇」は、昨今の日本映画によく見られる、白血病や末期ガンといった記号化された死病と、描写としては大差ない。
 唯一違うのは、死病ものの映画が一貫してドメスティックであり続けることで、しばしば家族イデオロギーを再生産しているのに対し、この映画は、無媒介に憂国へと飛躍するという特徴を備えていることだ。多くはまだ年若い「男たち」が懸命に考え、議論し、時には傷つけあい、あるいは暴発し、最後には死んでいく。その経緯の痛々しさは、情緒的に共感され、同情され、そうして消費される。それで残されるのは、彼らの内実に欠けた熱情のみである。

 こうした意味で、『桜田門外ノ変』は『男たちの大和/YAMATO』と全く同じ主題を、全く同じように描き、全く同じように盛大に破綻した映画であったと言えよう。
 もっとも戦後の日本映画には、既に情緒的な戦争映画、テロリズム映画の長い系譜がある。佐藤純彌が育った東映にも、その傾向は根強くある(これについては煩雑になるので、いずれ別に論じられればと思う)。従って佐藤は、ある俗流の話法に従って映画を撮ってみただけなのかもしれない。むしろそう考えた方が、各所の凡庸な描写に納得がいくというものだ(注5)。
 あるいは森のように、私的・主観的なものを守ることが、「イズムに迎合」しないためのリスクヘッジになるのだと考える向きもあるかもしれない。だが、既にこのような考え方は有効性を失っていると考えるべきだ。
 たとえば数年前、石原慎太郎が制作総指揮をとり、脚本を執筆した特攻隊の映画のタイトルは『俺は、君のためにこそ死ににいく』であった。ここでいう“君”とは私的に想う人のことであって、“天皇”を意味する“君”ではない。現代的な「イズム」は、むき出しのイデオロギーや絶対性の鼓吹ではなく、むしろ私的情感を重んじた上で、それを包摂するかたちで機能している。従って私的情感に寄りかかり、またそこに充足する志向を抜け出せない限り、むしろ「イズムに迎合していない」どころか、単に俗流化したイズムに従属してしまうという結果を生むだろう。
 主観的には懸命かつ誠実な心情に基づいて行動した、ということを、その行動の客観的な結果の評価に繋げ「共感」してみせることは、現在においてはもっとも忌むべき行為である。



(注4)これはこの映画が「水戸藩開藩400年記念」として茨城県下の政治家や諸団体の長、文化人などが名を連ねる「映画化支援の会」の協力を受けているからかもしれない。しかし、こうした重層性に欠けた人物描写は、この映画の物語性を著しく損ない、かえってその熱烈なPRぶりに鑑賞者を鼻白ませる効果を担ってしまってはいないだろうか。
 なお、同委員会の設立趣旨には、まるで水戸学が「アジアの夜明けを切り拓いた歴史的な役割や思想」にまで繋がっているかのごとく書かれているが、これはいくらなんでも我田引水とナルシシズムがすぎると言うものだろう。たとえば孫文やガンディーが水戸学の影響を受けていたとは、とても思われない。さらに言うなら、別段「水戸藩」が現存しているわけでもないのに「私たちの水戸藩」と言えてしまう委員会の文言は、私には理解しがたいものだ。
 いずれにせよ、この他者性に欠けた主観性偏重とナルシシズムとは、大変に鼻につくものである。

(注5)佐藤は『男たちの大和/YAMATO』を作ったときに、東映会長の岡田茂から、それが「立派な反戦映画」であるとの称賛を受けたという。ちなみにこの岡田は、かつて東映の前身である東横映画に入社した後、『きけ、わだつみの声』(1950年)をプロデュースした人物である。同作の監督は戦後の東宝争議で解雇された関川秀雄だが、別段岡田自身が「左傾」していたわけではない。むしろ岡田がこの映画をプロデュースしたのは、同年代の戦没学生たちの「鎮魂」のためであり、天皇制批判を描くべきだと主張する全学連に対しては、そうした批判を説得する側に回っている。この時点で、『わだつみ』を巡る解釈のせめぎ合いは、右派とは言わぬまでも内向的な保守主義者の側に軍配が上がったと見るべきだろう(もちろん「わだつみ」自体がそうした限界性を備えていたと言うこともできるが)。
 岡田の「反戦映画」への志向は、言って見ればナベツネが靖国神社を憎悪するのと同じようなもので、おそらく日本国民の自己憐憫感情の表れにすぎない。本来、こうした志向をいかに乗り越えるかが「反戦映画」には問われていたはずなのだが、少なくとも「戦後六十年の繁栄は、日本が軍備を持たなかったからできたこと」などというナイーヴな見解を述べてしまう佐藤純彌には、それは荷が重すぎたということだろう。

テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

男たちの桜田門外 ―テロリスト、あるいは特攻兵士への情緒的共感―③

 ところでこの映画には、大変に飛躍した、というよりも有体に言うならば、一見して杜撰に思えるカット割りが何箇所か見られる。一つは大沢たかおが郷里に残した内縁の妻とその子の様子をこっそりとうかがいにいくシーンである。妻子は夫が「桜田門外の変」の首謀者の一人であったことで、元いた家に住んでいられなくなり、今は山奥で小さな畑を耕して生活している。密かに帰郷した大沢が林の中からそれをのぞき見ると、妻子は実にけなげな会話をしてみせる。そしてその様子に大沢は胸を打たれるのである(注2)。
 しかしこのシーンのカット割りからは、両者の客観的な距離感がほとんどつかめない。このシーンは、ほぼ母子が農作業に勤しみながら会話をしている、いくつかのショットと、大沢のバストショットを往復するだけなので、この家族がどのくらい物理的に隔たっているのかが、今ひとつ鑑賞者には捉えられないのである。
これは心ならずも引き裂かれた家族という悲劇の構図で泣かせにかかるならば、致命的なミスなのではないかと思った(注3)。確かに、ある程度の遠景から母子を捉えたショットもあったと記憶しているが、これが大沢の主観ショットだったとすると、距離がいささか近すぎる。つまり見つからないのが不自然になってしまう。なにしろ周囲に他の民家もない、人の寄りつかない山奥なのである。
 もっとも仮に、大沢を背後からとらえ、その視線のはるか先に大沢の妻子を配したショットを挿入していた場合、演出的な問題は軽減されただろうが、同時に別の問題が生ずる。それほどの距離であった場合、大沢には妻子の会話が聞こえないはずだから、その会話を聞いてから、胸を打たれたかのような表情になる演出はおかしいことになるのだ。つまるところ、見せたい物語的な構図と、映像的な演出が乖離し、破綻しているのである。

 だがこの演出は、実のところこの映画全体に漂う情緒主義が集約されたものなのではないかとも思える。
 そのことを説明する前に、今ひとつ似たようなシーンを紹介しよう。映画の終盤で、大沢は同じ水戸藩士(正確には井伊暗殺前に大沢は脱藩しているが)によって捕縛される。捕縛のきっかけになったのは、大沢を途中まで送り、その世話をしていた男が捕らえられ、口を割らされた挙句に道案内をしてきたからである。大沢は宿の二階で、知己の間柄であった追っ手と、捕縛されながら会話を交わす。その間、大沢を売ってしまった男は、大沢の泊まっていた宿の前で、ついには泣き崩れる。
 位置的なことを考えれば、男に水戸藩士たちの声が聞こえるわけもなく、その会話の内容の悲壮さに、自らが背負った(背負わされた)業の深さを気付かされて泣き崩れたわけではないことは分かる。だが、男が単に自分の負い目を悟って泣き崩れるのならば、わざわざ水戸藩士たちの会話シーンにそのショットを挿入する意味がない。むしろもっと早く泣き崩れてもいいはずだ。おそらく演出的には、この男は全てを鳥瞰している観客の代わりに泣くのである。宿内の会話が聞こえるはずもないのだが、それでもこの場面を見ている観客が感情移入できる、「悲劇」の傍観者として、このタイミングで泣くのである。



(注2)ところで大沢は、驚いたことに江戸に別個に愛人を囲っている。しかも軽いラブシーンまである。その上、この愛人は事件が起こった後、役人に拷問されて死んでしまうのだが、最終的に大沢が斬首される際には思い出されることもない(妻子は、顔を覆う白紙の内側にその像が浮かび上がるという、大変に凡庸な描写があった)。一度でも辟易するというのに二度も、しかもそれぞれ別の女に送り出される「使命を帯びた男」のシーンを見せられたことで、私の鑑賞のモチベーションは序盤から相当に下がった。

(注3)なお、後日参照した『キネマ旬報』の特集では、ここの「距離感」の描写が、むしろ称賛されている。評価は全く違えども、このシーンに注目すべきであるという私の視点は、どうやら裏付けられたようだ。

テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

男たちの桜田門外 ―テロリスト、あるいは特攻兵士への情緒的共感―②

 まず、主人公の水戸浪士が大沢たかおであり、水戸藩主・徳川斉昭が北大路欣也であるという時点で、昨今のテレビ時代劇のイメージに依存しすぎているように思えてしまう。特に大沢が幕末の日本で活躍するなど、TBSのドラマ『JIN-仁―』を意識するなという方が無理な話ではないか。しかも大沢が演じる関鉄之助は、この映画では情熱的だが 同時に理知的な人物として描かれている。イメージが一致しすぎるのである。
 この他にも柄本明、渡辺裕之、本田博太郎、榎木孝明、伊武雅刀など、昨今のテレビ時代劇ではおなじみの面子が多数出演しており、そして彼らのイメージをいささかも崩すことのない演技が披露されている。唯一、時代劇のイメージが比較的薄い俳優で目立っていた人物といえば西村雅彦だが、これもどこか中間管理職的な弱々しさを漂わせた浪士の役で、言ってみればテレビドラマで焼きついている既存のイメージが、劇場のスクリーンでそのまま繰り返されているようなものだった。これではテレビ朝日あたりが年末にでも、「忠臣蔵」の代わりに放送した特番であるといっても違和感がない。上映が終わった後で私は、落胆のあまりに鑑賞料金を払ったことを真剣に後悔した。
 しかしこれで終わってしまっては、本当に鑑賞料金を損しただけのことになってしまうので、いま少し考察を進めてみることにする。少なくとも本作品と『男たちの大和/YAMATO』との連続性を論ずることは、無駄ではないはずだ。

 この二作品の共通性は、その一貫した主観性と情緒主義にある。主人公の「男たち」の「悲劇」は、彼らが置かれた大きな状況を客観的な視点を通して相対化することによってではなく、むしろあくまで状況に埋没しきった視点によることで描かれる。観客は悲劇のイメージを消費することで時に涙し、カタルシスを得る。
 少し考えれば、「戦艦大和」の乗組員たちが「新生日本」の「先導者」であるという発想が幾重にもおかしいことは分かるはずだし、また井伊直弼を暗殺した浪士たちが、日本の近代化のための犠牲者などでないことも分かりそうなものだ。しかし『桜田門外ノ変』の主題歌では、やはりあたかも彼らが、時代の「先導者」であるかのように謳い上げられている。
 また実際、映画のラスト近くでは、江戸城へと入る天皇の行列に随行していた西郷隆盛が、桜田門の前で馬を止め、かつて自分が思いもかけず裏切ることになってしまい、死地に追いやった浪士たちに思いを馳せるシーンがある。しかし、これも少し考えればおかしなロジックだ。この頃まで生き残って栄達を果たしている、かつての攘夷派の志士たちは、必然的に開国派へと総転向しているのであり、浪士たちの行動に共感できる立場ではないはずだ。それでも共感があるとすれば、それはせいぜいが、同じ時代を懸命に生きて、ある一時期に同調した、とでもいうような情感上のそれでしかない。ここで西郷を出してきたこの映画の作り手たちは(あるいは原作にも同様の描写があるのだろうか?)、要するに多くの年若い武士たちが、国を憂えるあまり暗殺というテロリズムに走ったという、その情動に対して、やはり情緒的な共感を寄せているのであって、深く幕末の日本史を考え直そうなどという意図は、そもそも無いのである。

 これは『男たちの大和/YAMATO』が十五年戦争を鳥瞰する視点に全く欠けていたのと同様の構図である。『大和』のストーリーが敗戦間際から始まるのと同様に、『桜田門外』では、まず「国難」として、列強に蚕食されようとする日本、というイメージが冒頭で強調され、出来る限り開国派の井伊直弼はふてぶてしく描かれて、大沢たちの生真面目さが対比的に強調される。実際のところ、政治的判断などはどうでもよいし、また実際には近い将来、日本こそが周辺諸国に「国難」をもたらす国家になることなど、最初から視野の外にある。客観的な状況説明よりも、状況に埋没しきって、それゆえに余裕のない必死さや懸命さが強調され、涙をそそるという構造になっている。それだけが、憂国による暗殺というテロリズムに観客を共感させる方法であり、またその後の日本の帝国主義的拡大、という近未来を悟らせない方法である。だがこれは、日露戦争の勝利までを「近代日本の輝かしい青春」として描く歴史観へと、極めてストレートに繋がっていく視点でもあろう。

テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

男たちの桜田門外 ―テロリスト、あるいは特攻兵士への情緒的共感―①

 先日、ふと思い立って、映画『桜田門外ノ変』を鑑賞した。既に予告編が始まっている時間に劇場に入ったので場内は薄暗く、観客層はよく分からなかったが、時代劇映画にありがちなことで、概ね中高年層が占めていたように思う。中規模の場内に20人近くは入っており、しかも驚いたことにパンフレットが売り切れ中であったから、なかなかにヒットしているのかもしれない。

 私がこの映画を見に行ったのは、いくつかの理由がある。第一には、まず時代劇というものが一種の寓話としての機能を持っており、時として現代劇よりも明瞭に、現代人の思考様式やその限界性までを、期せずして描いてしまうことがあると考えているからだ。また第二には、この映画が「幕末」を描いており、日本の開国と、近代化へと向かう前夜の時代が、現在いかに描かれるのかということにも興味をひかれたのもあった。そして第三には、にもかかわらず、おそらくこの映画は決して褒められたものにはなるまいという確信もあったからである。というのも、この映画の監督が、2005年に『男たちの大和/YAMATO』という、極めて情緒的な「特攻」映画を撮った佐藤純彌だったからである。
 佐藤は東映出身の映画監督であり、これまでのフィルモグラフィーからいっても、どちらかといえば職人的な人物ではある。しかしながら私は、この『桜田門外ノ変』の予告編を見たとき、強い既視感に囚われた。決死の任務を託され、家族と別れて、最後には悲壮に死んでいく、多くの壮年の男たち。そして情感を煽るような音楽と、散らんとする花のモンタージュ。花が桜か梅かの違いはあるものの、そのショットの連なりからいっても、それが散りゆく者のはかなさの表象として用いられているのは明白であった。要するに私は、この映画は幕末版『男たちの大和/YAMATO』なのではないかと思い、そして大層な不安を抱いていたのである。

 驚くべきことに『男たちの大和/YAMATO』公開当時、『週刊金曜日』では、ドキュメンタリー監督の森達也が佐藤と対談し、この映画を「反戦映画」と評していた(注1)。佐藤もそれを否定していないことから、そういう思いが少なくとも主観的には、どこかにあったのだろう。
 以前、この「通信」を執筆することを進めてくれた知人のhakuainotebook氏は、現代日本における特攻隊ドラマの一つの典型的な型を評して「何故主人公は戦局が絶望的になりにっちもさっちもいかなくなった大日本帝国の特攻兵にばかり転生するのか」と、極めて的確で、それでいて皮肉の効いた指摘をしていた。
 『男たちの大和/YAMATO』は、この「転生する主人公」がいないだけで、やはり絶望的な「極限状況」のただなかに置かれた主人公たちの、あらかじめあらゆる脱出口が閉ざされた「悲劇」を、切々と情感に訴えて描くだけの映画であった。しかも結局のところ絶望的な死へと向かう姿が、「新生日本」のための「さきがけ」として合理化されていく様を「悲劇」の形式に落とし込んで描いているとあっては、もはや何をかいわんや、である。森などは「国に殉ずる」という一言には画一化できない様々な兵士の姿が描かれていて「物語がイズムに迎合していない」などと絶賛していたが、実際のところ、その様々な兵士が別に反乱を起こすでもなく動員され、出撃し、多くは死んでいったのだから、そうした差異化に大した意味は無い。かえってそれは、「画一化」された描写よりもずっと、鑑賞者に感情移入可能な兵士の姿を提示しただろう。しかし彼らの赴く先は、概ね「戦死」という形にあらかじめ閉じられており、鑑賞者は批判的に見るのでもなければ、その「悲劇」に涙するくらいしか許されていない。「イズムに迎合していない」どころではない。単に俗情に流されているだけである。

 これと同様の情緒主義によって「幕末」が描かれるならば、おそらく決して面白い映画にはなるまい、という予感が私にはあった。だから正直なところ、足を運ぶのは気が進まなかったのだが、ちょうと都合のよい時間に手近な映画館で上映していることを知ってしまったので、勢いに任せて駆けつけた次第であった。
 結論から言って、私の悪い予感は、より下方に向かって裏切られた。『桜田門外ノ変』は、イデオロギー批評をするまでもなく、ひどく出来の悪い映画だったのである。



(注1)『週刊金曜日』2006年1月6日号。この対談はその後、森達也の対談集『豊かで複雑な、僕たちのこの世界』(それにしても、これもまたなんと情緒的な書名であることか)に採録された。私はそれ以前から森に胡散臭い雰囲気を感じ取ってはいたのだが、この対談を読んだ時点で、この人物を全く信頼しなくなった。森は「人は自分の思想や感情に合わせて作品を消化」するから、「そのリテラシーはかなり微妙」であると述べているが、『男たちの大和/YAMATO』の問題点は、もっと明瞭なものであろう。要するにそのナラティヴが、既に「まっすぐな反戦への意識」などとは言えない解釈によって換骨奪胎され、消化されきっているにもかかわらず、それに佐藤も森も気付くことができていなかったというだけの話である。

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