スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

101年目の岩波書店

 昨年末、「首都圏労働組合特設ブログ」にて、岩波書店社員の金光翔氏が「岩波書店の社長交代劇と岩波書店の今後」という記事を書いていた。最近の同社の経営状況について、社内組合の「団交ニュース」などを用いて論じていたのだが、その部分がその後、削除されてしまっていた。以前から金氏による内部告発には、会社側から圧力が加えられているので、今回の動きもその一端ではないかと思われる。
 ただし、削除された部分については別のブログが、一部標題などを付け加える形で転載していた。なお、転載先では金光翔氏は既に解雇されたことになっているが、これは間違いであろう。

 ところで私は、岩波書店の経営危機が、転載先の執筆者が述べているような「天誅」だとは考えていない。
 金氏もしばしば指摘していることだが、現在の日本のリベラルの議論というのは、根本的な部分で保守派と価値観を同じくしてしまっており、それを何やら保守との「対話の可能性」を開く行為と勘違いして、ますます自壊を続けてズルズルと思想的滑落を続けている状態にある。従って、それならばいっそ保守派の議論を読んだ方が手っ取り早いのである。岩波書店の編集者が好むような議論に需要が無くなるのは、必然的な結果である。
 この場合、保守化しているのは実は読者ではなく、書き手と編集者である。岩波書店という企業がひざまずいて首を垂れる対象は、保守派の思想というよりも、誤った編集/経営方針による言論市場での淘汰の法則に過ぎない。

 いま一つ、岩波書店の近年の動向で筆者が感じているのは、いわゆる「講座」や全集系の、シリーズ書籍がやたらと増えてはいないかということである。出版目録を調べたわけではないので、あくまで感覚的なものなのだが、創業100周年にして経営危機下にある岩波書店が、これほど大部のシリーズを乱発するというのは、いったいどういうことなのだろうか。

 たとえば「創業百年記念出版」として出版される『岩波講座 日本歴史』は全22巻であるが、これは予約出版制をとっており、全巻予約申し込みをしないと買えないもののようだ。
 普通に考えれば、一冊3200円+税のシリーズものの書籍を全巻購入する人など、ほとんどいないだろう。しかし、全国の公立図書館は3200館強、大学図書館は1600館強あるので、これらの図書館の約半数が購入するだけでも、2000セット以上は確実に売れるのである。それならばかえって、最初からさばける数が読めている分、商売としては成立しやすいだろう。

 もちろん個人購入ではなく、図書館で読まれるために販売される本自体は、あっていい。高額な辞典類や専門書は、むしろそうした形で図書館に蓄積され、再販が無かろうとも必要に応じていつでも参照可能になっている方がよいだろう。
 ただし、専門書にそのような価値が生じるためには、本来そこに掲載される論説が、その時代の学術の動向や水準をしっかりと反映したものになっている必要がある。四半世紀前に出た学術書の議論は、その後も着実に考察や分析や実証データなどが蓄積されていくような領域であれば、いずれアクチュアリティは失われようとも、研究史的な観点から、ある時代の傾向を読み解くために参照されるようになるだろう。従って、様々な論者を集めて、あるテーマのもとに複数の論説を掲載する「講座」や専門書のシリーズは、それぞれの分野での議論の水準と定説とを、適切にまとめたものであってほしいものだ。

 しかるに、近年の岩波の論集は、とてもそうは読めない。以前に「シリーズ戦後日本社会の歴史」を取り上げたが、このシリーズに限らず、編集者が知人の研究者から数人の編者を選び、その編者からネズミ講式に即席で筆者を集めたのではないかと思えるような、出版社としての編集方針の見えない、杜撰で統一性のない論集が目立つ。これらは、ほとんどサークル会誌のようなものである。サークル会誌ならサークル会誌として出してもらえれば、ある特定のグループの議論として傾聴することもできるが、それが「講座」のような形式で出るのは問題であろう。
 しかしながら、全国の図書館は当面、岩波書店のシリーズものの専門書には、一定のブランド的な信頼感をもって購入を続けるであろうから、このような杜撰な編集の産物であっても、前述のように商売としては、おそらく成立するのである。
 こういった論集が図書館に所蔵されて、ある一時代を代表する論集として後年まで保存されるとなると、それは書架と購入費の大いなる浪費にならないだろうか。

 無論、後年の読者がしっかりと、この時代の岩波の論集はアテにならないという知識をもって読んでくれるならば、これは杞憂に終わるのだが、それはそれで「岩波100周年」が汚辱に満ちた歴史の一コマとして記憶されることになるだろう。



(2014.1.25.追記)
 「講座」系シリーズ書籍のもう一つの市場として、大学等研究機関の研究室もあるだろう。どの分野であっても、現役の研究者であれば、専門領域の現状に、たえずアクセスしておく必要があるから、新たに出た類書には目を通すことになる。よって、その書籍の質の如何にかかわらず、一定の需要が生ずるわけである。図書館と並んで、安易な企画でも買ってくれる(買わざるを得ない)という社会的な性格につけこんだ、非常に足下を見た商法ではないだろうか。
スポンサーサイト
プロフィール

zentaitsushinsya

Author:zentaitsushinsya

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。