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これからの「共和主義」の話をしよう ―小林正弥とともに、鳩山由紀夫は抜きで―(2)

 さて、それではそろそろ『サンデルの政治哲学 <正義>とは何か』における、小林正弥の政治的見解がもっとも色濃く表れた部分の検討に入ろうと思う。以下、氏の文章をそのまま引用する。

コミュニタリアニズム公共哲学は、その地域の個性や必要性に応じて展開するから、日本の公共哲学とアメリカの公共哲学がまったく同じである必要もない。例えば、共和主義的公共哲学も、アメリカと日本とでは、これまでも異なった形で展開してきたし、今後も相違は残るだろうと思われる。アメリカの共和主義はイギリスからの独立後には王権がない共和国において発展してきたのに対し、日本の「共和主義」は天皇制のもとで展開してきたし、近未来もそうであろう。そこで、私は、王権のない「近代的共和主義」と区別して、そのような共和主義を「近世的共和主義」と呼び、今後も「新共和主義」ないし「公共主義」として発展させることを主張している(p.344)。

 小林が天皇制を特に批判していないのは認識していたが、どうやらここで我々は新たな次元へと導かれているようだ。論点は多々あることと思うが、ここではおおむね二点に絞って考えてみる。

 第一に、日本の「共和主義」が天皇制のもとで展開してきたという、政治学者も歴史学者も驚くべき説がここで披露されていることに注目すべきだろう。
 小林は本書中において、日本でこれまで政治哲学研究が進まなかった理由として、「『明治時代には、政治哲学を研究すると、すぐに主権とか天皇制の問題などに触れてしまうので、その危険を避けた』という説が有力」としており、また戦後においても、その「学問的伝統が影響を及ぼしている」と述べている(p.31)。すると近代以降の天皇制は、小林の推奨する「公共哲学」の発展をも阻害していたことになるはずである。だが小林は、むしろ天皇制のもとで「近世的共和主義」が展開してきたと評価しているようだ。

 小林は既に、前著『友愛革命は可能か』で「近世的共和主義」なる概念を登場させていた。
 小林によれば共和主義は、「専制を回避するための制度的工夫を行うこと」であり、「近代において共和主義が王権否定の思想となったのは、王権や貴族が私的利益を追求して公共善を侵害したから」であるとして、歴史的には「専制的王権には反対しながら王権の存続は認めて議会制の確立と自己統治を主張するような場合も存在した」ということになる(p.188)。
 そして小林は、「共和主義の歴史的展開を『古典的共和主義(ギリシャ、ローマ)、古代的共和主義、中世的共和主義、近世的共和主義、近代的共和主義』と区分」して、明治以来の日本には、天皇制を容認しつつ議会制や自治の思想を進めてきた思想家がいるため、明治維新は「近世共和主義の革命」であったと位置づけているのである(p.189)。
 だが、一般的には王権と議会制の並立は「立憲君主制」と呼ばれるのではないだろうか。明治以降の天皇制を立憲君主制の一形態として捉える議論があることは知っていたが、こうなると小林の議論はそれをも超越していることになる。しかも今回の『サンデルの政治哲学』は、この共和主義を「天皇制のもとで展開してきた」と明確に記述している。
 今や小林は、明治維新による「王政復古」以降、日本は基本的に天皇制を基礎とする「共和主義」国家であったと考えているようだ(注3)。だが、当たり前のことだが、共和主義者がいれば共和制であるわけではないし、議会があれば共和制であるわけでもない。小林はサンデルの議論を紹介して「知と美徳のルネッサンス」などと言っている場合ではない。この極めてユニークな自説について、史的・哲学的な厳密さをもって説明する責務がある。

 私の拙い知識よりは、ここで近代天皇制の政治史を専門とする研究者の意見を聞いてみるのがいいだろう。試みに安田浩『天皇の政治史』(青木書店、1998年)を紐解いてみる。

近代天皇制は、成立当初の太政官制のもとで、法的制約をもたない専制君主制として始まり、憲法と議会を成立させて立憲制的形態をとりながら、最後には憲法上の立憲主義的規定―――国務大臣輔弼、国民利害の代表機関としての議会、その立法権など――をまったく形骸化させた、事実上の専制君主として終焉を迎えたこととなる。また明治憲法体制のもとでは、親政的権力行使は否定されておらず、実際、限定された形ではあるが重要な権力行使が実施されたことも、本書でふれてきたとおりである。「君主専制」という概念を、厳密な意味で、つまり究極において君主個人の意思が制度的なものをおさえて国家意思として妥当する統治の形態と定義するなら、天皇親裁をもって国家意思決定とする近代天皇制のシステムは、一貫して専制君主制であった(p.273)。

 安田浩は、おおむね近代天皇制を「専制君主制」として評価している。
 もっとも同書では、近代天皇制を「絶対君主制の一つとは考えておらず、むしろ近代的専制の一つの形態として捉えて」おり、むしろ「天皇自身を法源として憲法が制定され、それが憲法にも組み込まれているという問題は、直接には近代天皇制下の法観念の構造の問題として、日本で成立してくる『立憲主義』の特殊性の問題として取り扱わねばならない」とも指摘されている(pp.274-275)。
 その一方で安田は、この近代における天皇が「親政君主にして政治責任を問われることのない絶対的権威として出発」し、「専制君主としての政治的無責任性をまず内包していた」から、「立憲制が導入されても」それが変わらず、「君命に名をかりた政治責任の回避」などの事態も生じ、「“君臣もたれあいの構造”というべき壮大な無責任の体系が形成される」という「珍妙な」事態が生じたとも述べる(pp.277-278)。
 安田もまた、日本史における独自の政治的文脈に留意を払っているが、しかし近代天皇制に対する分析結果とその評価は全く異なっているようだ(注4)。

 また、仮に小林の天皇制評価が戦後日本に限定されたものであると解釈したとしても、それはそれで別の問題が残ることになる。なぜならば、小林の言う「共和主義」が「天皇制のもとで展開」してきたものであるとすると、戦後の天皇の存在に象徴的ないし文化的な機能性のみならず政治的な機能性をも認めていることになるからである。これが事実認識の問題であるならば理解できるが、小林が行っているのは事象の肯定的評価である。
 前著『友愛革命は可能か』で小林は、当時の天皇の会見問題をめぐる議論について、以下のように述べていた。

天皇を政治的に「利用」する主体が非民主主義的に成立した政権だったら、それは確かに、戦前のいくつかの内閣のように「天皇の政治利用」となり、深刻な意味を持つだろう。ところが、現在の内閣は、民意によって成立したわけだから、その内閣が天皇の会見に影響を与えたからといって、何が悪いのだろうか? この場合は、「天皇の政治利用」を指弾する側の方が天皇をいわば神聖化しているのであり、逆に内閣の方が主権在民の原理に基づいて天皇制のルールを変更しているのである。(p.206)

 私はかつて、小林は、議会における権力闘争の道具として天皇を用いることは「天皇の政治利用」として問題視しているが、天皇が象徴的権能を行使することについては全く問題視していないと指摘した。また、そのことに対し、「この論法によるならば、より天皇の政治的機能を強めるような改革も、『民意によって成立』した内閣が、現行憲法の解釈自体を変えつつ行うならば、問題がないことになる」ため、それが「極めて危うい論理構造」であると批判した。
 だが小林正弥は、この論理に従い、そのさらに先に踏み出してしまったようだ。いまや小林の論理は、議会政治に対して天皇が何らかの政治的機能を持ちえてきたこと自体を肯定的に評価するようになっている。日本の「共和主義」(もはや小林の議論においてこの用語は「議会制」程度の意味しか持っていないと見ていいだろう)が「天皇制のもとで展開してきた」と述べているということは、この二者の歴史的に不可分な影響関係について記述しているに等しい。
 普通ならばここで、日本の政体を「共和主義」と論ずることを諦めるところだろうが、ところが小林はここで「近世的共和主義」なる概念を作り上げ、自らの「公共哲学」の内部に天皇制を肯定的に位置づけることを試みているのである。小林正弥は着々と、だがこれまでに類例を見ない天皇制の肯定的評価者として自己を確立しつつある。



(注3)このロジックを用いると、たとえば日本の中・近世社会にも、既に支配階級とは異なる合議の共同体が存在することがあったわけだから、これらの時代も共和制であったと位置づけることも可能になるだろう。今のところ小林は、明治維新の「英雄」にしか興味がなく、マルクス主義歴史学が彼らに冷淡なことへの不満を表明するに留まっている。だが、むしろ小林は、左派の歴史家たちこそが注目してきた民衆の闘争と共同体に目を向けることによって、皇紀2千6百有余年、連綿として共和主義であった日本を見出すことができるだろう。なにしろ聖徳太子も彼の公共哲学の内部に、既に位置づけられているのだから。

(注4)なお安田浩は、小林正弥と同じ千葉大学で、日本近代政治史を専門として教授職をつとめている。おそらく千葉大学で日本における憲法の歴史の研究でも専攻すれば、小林・安田両教員に、同時に論文指導を仰ぐことも可能になるのではないだろうか。もっとも学生にとっては辛い経験になるかもしれないが。
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