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「岩波労組」はその構成員を即時「解放」せよ

 前回の記事でとりあげた金光翔氏に対し、岩波書店は今もって不当労働行為を継続しているようだ。その一方で金氏は、佐藤優と『週刊新潮』とを相手取った控訴審をも開始するそうで、その思考と実践を統一した行動力には頭の下がる思いがする。
 さて、その金氏が控訴審についての告知に先立って、会社との対立の原点でもあるという、大変興味深く、また充実した内部告発を行っている。発行当時もそのタイトルと表紙デザインについて少なからぬ批判的反響があったように記憶している岩波ブックレット『憲法を変えて戦争へ行こう という世の中にしないための18人の発言』(以下 “ブックレット”)の出版経緯が、当時の自らの経験をもとに克明に開示されているのである。
 この告発は金氏の個人的な体験談を超えて、岩波書店が経営危機打開のため、秘密裏に――「社外秘」ならぬ「社内秘」まで駆使して――外部にパトロンを求め、自ら言論を退廃させて行く様が手に取るようにわかる好ルポルタージュとなっている。
 またここからは、金氏が当時から一貫して、岩波書店という一私企業に従属しない、一人の独立した人間としての尊厳をもって行動していたことが分かる。「会社に対しては、社員といえども批判を含めた自由な言論活動が認められるべきである」という発言に顕著に見られるように、金氏は会社員たることで、公的に認められているはずの権利が企業によって恣意的に制限されてはならないことを明敏に察知し訴えている

 実のところこのように、一私企業の利益に対して個人の普遍的な権利を擁護するのは、会社内においてはまずもって労働組合が労働者としての(それゆえに一私企業に従属しない)立場から積極的に行うべきことである。
 さらに言うならば、出版社に働く職員たちの精神の尊厳を積極的に守らんとするならば、当然ながら出版される本や雑誌の内容についても批判的検討がなされてしかるべきであろう。これはもちろん、企業側が独占する編集権を蚕食すること、すなわち出版社の経営権そのものを経営陣の独裁的なものから一般職員にまで開かれた民主的なものにする企業変革の一端となるものだ(注1)。
 逆に経営権=編集権を経営陣が独占し、場合によっては都合よく秘匿することが許されるならば、現今の岩波書店経営危機下において金氏が危惧し、また批判したように、外部スポンサーと経営陣との野合によって、彼らの利益を代表するだけの出版社に岩波書店が変貌していく(というよりは既に変貌しつつある)であろうと見ることは、ごく自然の道理である。
 しかもこの野合がもたらすものが、<佐藤優現象>に代表されるような日本論壇におけるリベラル左派の「集団転向」であり、その具体的な方向性が「国民戦線」的な結束の論理、事実上の排外主義の強化として表れている今日、在日朝鮮人である金氏がこの点においても深く憂慮し、批判を鋭くするのは当然である。もし岩波書店が、今でも民族問題を日本人の問題とバーターで切り捨ててもよいものであると考えていないと言うならば、その批判には進んで耳を傾けるべきではないか。

 言ってみれば岩波書店の現状は、金氏の出版業界人としての公的責任意識、出版労働者としての尊厳、そして在日朝鮮人としてのアイデンティティの3つの面にわたり、見事なまでにそれらをことごとく毀損するものとして存在しているのである。
 ところが金氏によれば、ブックレット企画当時の岩波労組の委員長は、金氏から相談を受けた際、「そのプロジェクトの件はある程度自分も聞いているが、組合としては企画内容についてタッチできないからこれについても現段階ではできない、それが「社内秘」ならば、社員であれ部外の人間に伝えることは許されないことになるから、勝手に部外の社員に伝えるような行動をとった場合、組合からの除名もありうる、注意せよ」との返答を行ったという。企業側の設ける規則や分断に対し、その是非についての疑問も覚えず唯々諾々として従い、従ってそこから精神的に独立した行動の意義を理解してもおらず、逆に当時の組合構成員に対して、一市民として、また出版労働者としての尊厳を奪うかもしれない不当なルールとそこからもたらされる結果とを順守するよう率先して諭しているのである。
 つまるところ金氏は、岩波労組が行おうともしない(あるいは労働協約で組合は企画権に触れないことが決まっているのかもしれないが、もちろんそれは争わねばならない焦点である)企画権に対する異議申し立てを、自発的に、自らのネットワークを駆使して行っていたことになる。
 日本の労働組合から、こうした闘争性が失われて久しいことは知識として知ってはいたが、いわゆる「戦わない労働組合」、「ストもできない労働組合」どころか、ついには企業と癒着して社内の批判者を弾圧し、不当労働行為を促すに至った組合が、なんと労働問題に関する著作を多数出版している岩波書店内に存在して隠然たる勢力をもっているというのは、とてつもないブラックジョークである。

 金氏はブックレットの刊行タイトルに対して自らが提出したという意見書を引用する際に、「今から考えれば、まともに経営陣に何かを説得しようとしていた自分の浅はかさや、気負った文体に恥ずかしくなる」と言い置いているが、そもそも社員からこのように匙を投げられる岩波書店経営陣と、そしてそうした企業を批判する術を持たない労働組合とは、いったい何なのか。
 本来、人間は自分が生活していくための糧を得る仕事には、せめて誇りくらい持ちたいと思うものだろう。もちろんそれが劣悪な労働環境を自己合理化するように作用することもあるし、また、自らの職業(企業ではなく)に対する愛着と誇りが、企業に従属しない力を保障していたにもかかわらず、結果的にその対抗的行動を企業利益に従属させてしまった皮肉な事例も歴史上には見られる(注2)。
 しかし「労働は神聖である」との考えから「種まく人」の姿を企業のシンボルマークに掲げているという岩波書店に勤める職員が、自らの勤める企業の出版物に対して正しく「気負い」くらい持てずして、いったいこの出版社に存在する意義があるのであろうか。
 まして、このように空疎化した岩波書店に対し、誰よりもプライドを覚えているのが岩波労組幹部であるらしきことは皮肉である。虚しいプライドを抱くのは、やはり虚しい思考力しか持たない人物たちだということであろう。

 私は、岩波書店労働組合が実質的にQCサークルのようなものだと前回の記事で書いたが、この評価はやはり誤っていなかったと考えている。岩波労組は一日も早くその組織名称を「岩波書店のブランド力を守る会」とでも変更し、労働組合としての体裁を偽装することをやめて、社内の組合員たちを「解放」すべきである。彼らは今、潜在的には全ての組合員の首を人質にとって企業と癒着し、その利益のために専制的な権能を振るっている。
 あるいはより積極的に、一般職員たちの方が自発的に岩波労組を脱退し、他のユニオンに集団で移籍するのもよいかもしれない。どうせ現在の岩波労組に所属していても、残業代のような問題にさえ積極的な闘争を行ってくれないようだから、他のユニオンに所属を移しても、岩波労組が企業側と組んで大々的に悪質な不当労働行為を促してこない限りは、さほど職員たちに実害は無いだろう。むしろ労働者の権利擁護という観点からは有益な成果が生まれる可能性さえある。そして脱退者が増加すればするほど、強権の発動も難しくなるはずだ。

 岩波書店経営陣と、その社内QCサークル“岩波書店労働組合”に対する、金氏による根本的な異議申し立ては、人間としての誇りと公的な言論の社会的責任を掲げ、そして在日朝鮮人をはじめとする日本国内における外国人の尊厳と、出版労働者の本義としての権利を擁護することにつながるものであり、決して黙殺されてはならない。たとえどんなに微力なものであれ、さらなる支援の輪が広がることを願う。



(注1)念のために言っておくと、経営権が一般職員に対して開かれているというのは、既存の経営者に従順であったり、あるいは御用組合の幹部を務めたりさえすれば、容易に会社の幹部になることができるということではない。別段、管理職でもない職員が一人の人間として尊重され、企業としてのあり方にいつでも責任を持って異議を唱えられる状態を言うのである。ちなみに岩波書店の場合、経営陣が率先して外部のスポンサーにすり寄り、それを労働組合が批判もしないというのだから、これは既に企業自体が独立した機能を失っている。これでは一般職員は、目の前の編集業務にすら責任を持てない。自らの仕事が企業内で開示を求めうる範囲を超えて、外部のスポンサーの意向によって生じたものであるかもしれないという疑念が、つねについてまわるのだから。

(注2)たとえばアンドルー・ゴードン「職場の争奪」(『歴史としての戦後日本 下巻』みすず書房、2002年)では、ある時代の鉄鋼労働者たちが、職場とその設備を企業のものではなく、まさに自分たち自身のものであると考えられるほどに職場規制を進めていたがゆえに、逆に企業資産である高炉を損傷するような可能性のある徹底したストライキを実行することができず、結果として企業側を安堵させる結果を招いた事例が紹介されている。
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